草花、鳥獣、故事、物語など優雅な日本文化のすべてを集約しながら日本の衣装を飾っていった世界に類を見ない文化である。
筆により色を少しずつ重ねて完成させていく積層感のある絵画技法とは異なり、綿密な計画を基に形を切り取り、空間を防染しながら、水によって拡散する染料をコントロールして作りだしていく。
やり直しの利かない、過酷な18のプロセスを必要とする。この行程は高度な技術を有する職人が担ってきた。
まず柿渋で防水加工した美濃和紙に下絵を写し、染まらない部分を切り抜く。布の上にこの型紙を置き、その上から粘度の高いもち米の糊を置き乾燥後染色する。色の定着のため、高温の蒸気で蒸す。その後、水洗いをして糊を流しとると模様が滲まず際だってあらわれる。
歴史は古く、奈良正倉院に残されている遺品から、日本では6世紀ごろ、臈纈染めの技術が完成したとみられるが、遣唐使の廃止後、蝋の入手が困難となる。
米作地帯の日本で代わって誕生したのが米糊を防染材料とする型染めである。型紙を使用する染色遺品は正倉院にも残されているが、この米糊を使用した最も古い遺品は奈良春日大社に伝わる「義経の籠手」であることから遅くとも平安末期から鎌倉初期には完成していたとされる。
戦国時代には武将たちの装束、江戸時代には武士の裃の紋や庶民の着物の柄に使われ、さらに拡大していった。明治、大正、昭和初期と化学染料開発によりさらに華やかな染色文化を飾るが、現在ではその技術もほとんど姿を消している。